20-12-23_占星術はスピじゃない

土星はおよそ30年周期で公転しており、占星術では自分が生まれた時に土星がいた場所(出生ホロスコープの位置)に土星が戻ってくるのを「サターンリターン」と言います。土星の帰還であり、人生の転機になると言われている。私個人としては、毎月女という性にやってくる煩わしい事象、血祭り、月次のバッチ処理のことを「リトル土星」などと心の中で呼んで呪っている。ちなみに土星は占星術における最大の凶星ですが、イメージとしては「我が子を食らうサトゥルヌス」がいるでしょ、あれが土星の守護神です。禍々しいだろ、人によってはチャーミングだと思うかもしれないが。

本当は昨日書こうと思っていたのだが、月次の土星が私にのしかかってきており泥のように眠ってしまった 。何はともあれ昨日は占星術的ビッグ・イベント「グレート・コンジャンクション」の日でしたね。Twitterのトレンドにも「風の時代」が入ってて、バリバリのスピ用語がトレンドに入っとる…と困惑している人がおり、私は占星術はスピじゃないもん〜〜〜と唇を噛んだ(※一般的にはまぎれもなく「スピ」だとは思う)

:「およそ20年に一度訪れる木星と土星が大接近する現象のことをいいます。次のグレート・コンジャンクションはもうすぐ、2020年12月22日です。ただし、今回のコンジャンクションは特別。というのは、この200年あまりグレート・コンジャンクションはほぼ『地の星座(牡牛座、乙女座、山羊座)』で起きていましたが、2020年のグレート・コンジャンクションは『風の星座(双子座、天秤座、水瓶座)』である水瓶座で起こるからなんです。このようにコンジャンクションの星座のエレメントが変わることを『ミューテーション』と専門的には呼んでいるんですね。そう、今はまさに200年単位での時代の転換点、というわけです」

鏡リュウジ × スカパラ 谷中敦 対談「200年に一度の転換期“グレート・コンジャンクション”とは?」(前編) Numero Tokyo

「地」のエレメントは物質的・社会的な価値を象徴していて、ここ200年間は所有すること・物・財産・地位・名誉に重きが置かれていたけれど、「風」のエレメントは理性・知的な価値を象徴しているので、これからの風の時代においては情報・体験・コミュニケーション・ネットワーク・移動が重要になりますね〜というような話。割と今に始まったことじゃない気もするが、これからより一層そうなりますよという感じ。
しかしグレート・コンジャンクションについて鏡リュウジとスカパラの人が対談してて笑った。私は鏡リュウジのことは結構信用しているのですが、スカパラの人もウィリアム・ブレイクとかオルダス・ハクスリーとかの話してて喜んでしまった。西洋哲学専攻してたんだって、フーンおもしれー男……。しかし占星術の話題でその辺の話が出てくるのってマジでわかってて、西洋近代、ロマン主義はヘルメス思想とオカルティズムと密に結びついていますからね。そしてさらにその後を継いだシュルレアリスムのアンドレ・ブルトンもまた占星術を始めとしたオカルティズムの伝統に惹かれていたわけで。西洋思想・文化を語るときにやはり占星術は外せない。

17・18世紀のオカルティズムの伝統は、絶対の自由と放縦とを同時に標榜する、革命的社会批判の様々な運動と接続している。普遍的アナロジーへの信仰は、エロティシズムに染まっている。肉体や魂は、天体や物質の離合集散を統御しているのと同じ引力と斥力の法則に従って、つきつ離れつするのだ。ゆえに、このエロティシズムは占星術と錬金術に関わる。が、また反体制的でもある。エロスの引力は社会の掟を破り、身分や階級の違いを無視して、肉体を結び合わせるのだから。エロスに彩られた占星術は、特権や武力や権威の秩序とは対立する、宇宙の調和に基づく社会秩序のモデルを提供する。

オクタビオ・パス『泥の子供たち―ロマン主義からアヴァンギャルドへ』竹村 文彦 訳, 水声社

オクタビオ・パスもアンドレ・ブルトン大好きマンでいいよね。何冊か読んだけど、『泥の子供たち』が一番面白かったな。翻訳で読んでもよくわからないという理由で詩には全く疎いのだけれど、西洋近代と近代詩の歴史を一望していて圧巻だった。来年は詩も読みたいが、ほんとうに詩集は絶対原文も並べて載せてくれよなの気持ち。岩波文庫は対訳にしてくれててありがとうな。

それにしても鏡リュウジの『占星術の文化誌』は占星術の文化的・歴史的な理解の入門編としてとても良い本だと思うんですよね。近代占星術のはじまりから、占星術と文学、美術、音楽、医術、心理学との関係を眺めていて、(ユングが占星術にハマってフロイトにドン引きされたりしててキュート)占星術の知識があるとまた一段と西洋文化への理解が深まるというか、純粋に楽しい。

「お母さん、神様が人を永遠の拷問で罰するなんてことがあるのなら、そもそもなぜ人間をお創りになったの? 僕が天国に行けたとして、ほかの人が地獄で苦しんでいるなんてことを知っていたとしたら、天国で幸せでいられると思う?」

鏡リュウジ『占星術の文化誌』原書房

これは近代占星術の父と呼ばれるアラン・レオの言葉として紹介されているのだけれど、私が「異議申し立てとしてのスピリチュアル」だ、と思ったきっかけ。硬直化して人を救わなくなった既存の宗教に対するオルタナティブな選択肢としてのオカルト。もちろんオカルト/スピリチュアルの危険性というのも破茶滅茶にあるのでそんな単純にはいかないのだが、(アラン・レオが影響を受けたブラヴァツキー夫人の神智学協会は、いろいろあってナチスのオカルト的な人種論につながってしまったりもしている)その危険性から身を守るという意味でも「スピ」とか大きくくくって蔑視するより、面白がって色々勉強して・スピに関する解像度を高めておく方がずっと良いよねと個人的には思っています。