2026-04-23_愛らしき口もと目は緑

4日前に猫を亡くしてから、ふわふわの四つ足の愛らしい生き物の不在とかつて存在した痕跡に胸を潰されそうになりながら、久しぶりに言葉を探している。日曜日の深夜に看取ってから、もう4日目になるのかと今日の曜日を見て驚く。失った直後は「言葉にでもしなければ耐えられない」と思ったのに、今朝は「言葉にしておかなければ忘れてしまう」と思った。忘れてしまうことの方がずっと耐えられないはずだ。忘れようはないと思う、だけど何かが損なわれてしまう、この現在の感触が、痛みが、鳴き声と足音のしない静けさが。

それは産休前最後の出社日を控えた日曜の夜のことで、金曜日の夕方から体調を崩していた猫の容態が急変した。かかりつけの動物病院では、最近あった歯根膿瘍などのストレスによる一時的な胃炎で、胃の通過障害?が起きているという見立てだった。ほとんどご飯を食べず、しんどそうにしてはいたけれど、医者がそう言うんなら点滴をして、様子を見ながら食べられそうなものを少しずつ出していくしかないと思って、食欲が落ちていても食べれそうなご飯、好きなご飯をペットショップで買い込んだばかりの夜だった。寝床にしていたテントの中で立ち上がったと思ったら倒れてしまって、もつれた足も自分で動かせない。テントの中から出して、手足を楽な姿勢に整える。手を握ると、まだいつものようにギュッと握り返してくれるが、肉球はいつもより冷たく感じる。これはもう長くないかもしれない、と前回猫を看取った時のことを思い出す。本人はゴロゴロと喉を鳴らしていて、何やら満足げだ。この子は自分の気持ちを落ち着けるためにもよく喉を鳴らしていたから、その意味もあったかもしれないけれど、なぜかそうじゃないと感じた。このまま逝ければきっと満足なのだろうと思った。でも人間はそれをどうしても受け入れらなくて、信じられなくて、たかだか胃炎でこの子を失ってしまうなんて絶対に許せなくて、夜間救急の病院を探して診てもらおうと相談した。するとその人間の会話を聞いていたのか、「ャー!」と小さく鳴いて、立ち上がってもう一度テントの中に入った。本人はもう自分が長くないとわかっていて、病院なんて行ったところで仕方がないとわかってるみたいだった。このまま慣れ親しんだ家で、家族に見守られながら眠りにつければそれで満足なのに、なぜわからないのかと怒っているみたいだった。でも人間は馬鹿なので、急いで病院に連れて行った。

エコー、血液検査、レントゲン、腹水などの諸々の検査の結果、正しかったのは猫で、打つ手はなく、今夜か明日までの命だろうということがわかった。お腹がパンパンだったのは胃のせいではなく腹水で、消化器のどこかにあった腫瘍–おそらく癌に穴が空いて出血しており、貧血・低血糖になっているとのことだった。根治のためには原因となっている腫瘍を取り除いた上で抗がん剤治療などをしていく必要があるが、今の状態ではもう手術に耐えられないだろうし、安楽死させることもできると言われた。最後の力を振り絞って病院行きに「No」を唱えた猫に対してその選択肢を取ることはできず、少しでも状態を良くしてほしいと、いくつかの薬を点滴で入れてもらって帰路についた。帰りの車の中でも猫はぐったりしていて、すでに息をしていないかもしれないとハラハラしながら家に帰り、急いでキャリーから引き摺り出す。もし息をしていなかったら人間のエゴのために病院に連れて行ったことを死ぬほど悔やんだと思うけれど、なんとかまだ意識を保っていた。最近夜の団欒を過ごしていたソファの上に寝かせると、うつろだった目が何度かまばたきをした。猫のまばたきは愛情の印、そうだよね?

朝までだろうと亡くなるまで付き添おうと思っていたのに、ソファに移動してからそう長くないうちに、最後の息をして、息を引き取った。声を上げて、目を見開いて、その瞬間は辛そうだったけれど、呼吸を止めた後はまたさっきまでと同じように、安らかな様子で寝てるみたいだった。翌朝も、ソファでいつものように寝てるだけみたいで、撫でたらいつもの疑問形みたいに語尾の上がる独特の鳴き声で応えてくれるような気がしたけどそんなことはなくて、ただ冷たくて硬くなった亡骸を感じられるだけだった。眠気と悲しみでぼんやりとした頭を引きずって出勤し、産休前の最後の引き継ぎやら手続きやら挨拶を済ませて家に帰る。夫がその日の夕方に葬儀の予約をしてくれていたから、棺に入れるための手紙を二人で号泣しながら書く。泣きすぎて辛すぎて本当に無理、と思ったけれど、葬儀でお線香をあげたりお花で亡骸を飾って出棺を見送る頃には少し気持ちの整理がついていて、こういう儀式をちゃんとやるのは心を落ち着かせるのにとてもいいよなと思っていた。末期の水で口を湿らせた時、口もとに付いていたのであろう食べかすが少し取れて、食いしん坊のななちらしくて微笑ましかった。

愛らしき口もと、目は緑の猫。

朝寝坊をしても、枕元に飛び乗ってきて顔を舐めたり踏んだりしてくることもないし、そのまま枕を占領されることもない。猫のお昼ご飯や夜ご飯の時間を気にして出かける時間を調整する必要もない。ご飯の時間が遅くなって小言を言われることもない。帰りが遅くなって(猫の決めた)門限を過ぎた時に怒られることもない。怒りの限度を超えると、罰として猫の可愛い姿を見せてあげませんからねと言わんばかりに隠れてしまうこともない。病院から帰ってきた後にお詫びのかつお節を要求されることもない。人間が廊下に出るとついでに小走りでついてきてカリカリを要求されることもない。…と、猫を失ってしまったことによる嬉しくない自由を夫と数えていて、「思い出すのは要求ばっかりだなぁ」なんて笑っていたけど、最近は要求ばかりじゃなく、人間とのコミュニケーションをしてくれるようになっていたなぁとしんみりする。話しかけると相槌をうつように喋ってくれていたし、夜寝る前に家族で団欒の時間を過ごすようになったのもつい最近のことだ。先輩猫のまろりがいた頃は、人間との渉外担当はまろりが担っていたからななちはマイペースに過ごしていたし、ななちとの距離がグッと縮まったのはまろりを失った後のここ数年のことだったなと思う。

19年半ぐらいの猫生で、自分を溺愛してくれていた父と母を亡くし、頼れる人間が家庭内序列の低かった私だけになり、数が減るばかりの家庭に新しく夫が加わったと思ったら、今度は敬愛していた先輩猫を失い、これまで愛する存在を見送るばかりで何度も寂しい思いをしてきただろうなと思う。だからようやく自分が見送られる側になって、ホッとしたんじゃないかなと思う、というかそう願う。だから満足気に喉を鳴らしていたんだと。残された人間は寂しくて悲しくて、トイレの跡や食べかけのカリカリの跡、温める予定だったご飯なんかを見ては号泣してるけど、ななちは大切な存在を失ったあとどうやって悲しみを処理していたんだろう? 泣きもせず、荒れもせず、寂しい気持ちを抱えて丸くなっていたのかな。

 人は心に過る感触に言葉を与えようとして、感触をだいぶ薄めたり、場合によってはそれの逆になる言葉を手にする、この言葉は、過去は現在に先立つ、過去は現在にはない、過去は手の届かないところにある、過去は変えられない、結果には原因がある、出来事は結果をともなう、という窮屈な考えにがんじがらめだ、というかまさに原因が言葉にあるのかもしれないが言葉はそんなに堅いものではない。
 猫は心に過る感触をそのまま持つ、記憶というのは生き物が生きるために必要だからあるわけで、生き物はたぶん全員記憶する能力を持っている、それなら言葉は記憶の、逆に疎外要因ということにならないか? 言葉ができる人ほど、言葉があるから人間が動物から、ひとり離陸した、とか人間はこんなにも記憶できると言うだろうが、それと逆がありうる、それを忘れたら生きてはいけないようなことは言葉を介在させずに記憶する。

保坂和志『ハレルヤ』新潮文庫 P22

私は忘れたくないから日記を書くけれど、結局本当に忘れたくないことは全然言葉にできてない。猫のいろんな声、歩く姿と足音、本当にときどきしか見れない駆け寄ってくる姿、寝てるときの上下するお腹の膨らみ、ほこりっぽい匂い、グリーンの瞳、手を握り返してくれる小さな握力。あまりにも突然のことだったから、今でもこの家のどこかで寝ていて、目を覚ましたらてちてち歩いて部屋に入ってくるような気がする。まだ記憶に残っているその仕草や姿を、言葉を介在させずに覚えておきたい。それを忘れたら生きてはいけないような気がするから。