重い腰を上げてなんとか日記を一つ書き上げると、また自分にも日記が書けるような気がしてきたので・この調子を失わないために今日も日記を書く。(すぐに調子に乗る人間)
#いいねの数だけ自分の本棚にある本を記載する やつをやるために自分の本棚(各所にそびえる山を含め)を見て回ったら、あーこの本好きだなぁというものが色々出てきてよかった。リディア・デイヴィスの短編集は他のやつも買いたいと思いつつなんだかんだ『ほとんど記憶のない女』しか持っていないけど、久しぶりにパラパラ捲るとやっぱり良いな。
もし母親を亡くすチャンスが二度あれば、相部屋の誰かがテレビを観ている横で母親が死んでいくようなことがないよう、次は喧嘩してでも個室を確保するべきだと学習する。だが、たとえ喧嘩してでも個室を確保するべきだと学習し、その通りにしたとしても、母親と最後のお別れをしようと病室に入っていったら母親が妙なニタニタ笑いを浮かべていたなどということのないよう、部屋に入る前に入れ歯を正しい向きに入れ直してくれるよう看護婦に頼むことを学習するためにはもう一度母親を失わなければならず、母親の遺骨が、北の墓地に空輸されたときに入っていた素っ気無い段ボールごと埋葬されることのないよう念を押すためには、さらにもう一度母親を失わなければならない。
リディア・デイヴィス「二度目のチャンス」『ほとんど記憶のない女』岸本佐知子訳,白水uブックス,白水社
※ここからは急に暗い話をするので、気分じゃない人は読まない方が良いです。
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つい先日、Web会議中に突然母親の入院している病院から着信があって、病院から電話があるなんて急変でもしたのか、少なくとも良いニュースではないだろうと思って血の気が一気に引いた。想像通り良いニュースではなく、昨晩からあまり良くない兆候が出ていて、どうなるかわからないけれど危ないかもしれないというような報告で、そして、万が一心臓が止まった場合、延命措置はどこまでしますか?という確認だった
選択肢としては
① 特に何もしない(②③以外でできることはする)
② 呼吸補助(人工呼吸器)
③ 電気ショックや心臓マッサージなど全部やる
の3つで、私の一存では決められないので姉にも相談して、じゃあ②かなあということで合意を取り(姉も泣いている)、主治医にその旨を電話して伝える。
すると、今はコロナの影響で入院患者は基本面会謝絶になっているのだが、今日はたまたま2人部屋に1人で入っているので特別にこっそり面会できますよ、と言うので仕事を早退してお見舞いに行き、5分だけの面会をさせてもらった。すっかり重症患者みたいになっていたので泣きそうになるが、5分だけだったのでギリギリ泣かないで済んだ(病室を出てから涙が溢れた)。
その後主治医が今後の見込みや治療について説明する時間を設けてくれたのだが、ついさっき②で頼むといった延命措置について、それとなく①がおすすめだよ〜〜〜僕だったら①を選ぶな〜〜〜ってことを、わかりやすく懇切丁寧に教えてくれる。まぁもう末期で、悪いサイクルに入っていて、どれだけ治療を重ねたとしても良くなる見込みはなくて、その状態で②をして仮に一時延命できたとしても根本的な原因となっている病気がどうしようもないんだったらどうしようもない、というのは素人だって理解できる。ましてやこのコロナ禍で、貴重な医療資源をそんな見込みのない患者に使うわけにもいかないよね、とも思う。そんなことが理解できないぐらいこちらが馬鹿だと思っているのか?と思いながら、「じゃあ何もしないでいいです、その時はその時で、死ぬままにさせてください」ということをこちらからお願いしなきゃいけない状況に置かれたことが苦しい。まぁ医者側も勝手にやるわけにはいかないから親族に選んでもらうしかないし、その結果誰にとっても望ましくない選択肢が選ばれてしまった場合には、こうして丁寧に説明して思い直してもらうしかないんだろうね。それももちろんわかるけれど、それにしたってしんどい判断である。
その日私がお見舞いに行く前に、一足早く姉もお見舞いに行っていたので、姉にはこの話したんですか?と聞くと、一応したけど「②でいいんですよね」という説明の仕方をしちゃったから特に姉の方は意見変わってないんですよとのことで、つまり主治医の望むところとしては、私が姉を説得して①に納得してもらい・延命の方針を変更するようにしてほしいということで、ただでさえしんどい判断なのに、そのうえ姉に説明して母親の延命を諦めさせるという謎の任務を背負わされてしまったのだった。マジで一体何なんだ。
後はモルヒネで強制的に”寝かせる”という”緩和ケア”もできますとのことで、そんな安楽死に近いようなことができるんだなぁとびっくりしてしまった(※この先生は延命措置の最初の説明も誤解させるようなものだったので、もしかしたらこれも誤解なのかもしれない)。母親はずっとスイスに行って安楽死したいとか言っている人間なので、本人の意志を尊重したらそれが1番なのかもしれないなと思ったけれど、これこそこちらが「じゃあそれでお願いします」と言ったら積極的に母親を亡くすことになるわけで、そんな殺してくださいに限りなく近いようなこと絶対に言えないだろと思う。本人の意志だけじゃできず、家族の了承がいるというような話だったけど、これ本人が望んでも家族は拒否せざるを得ないだろうし、難しい仕組みだなと思った。というか何で本人の意志だけでできないんだよ。勝手に死なれても悲しいけど、家族の了承が必要な意味がわからない気もする。家族がいない人・家族と疎遠な人はどうするんだ。
というかこの話を聞いて、父親も最後はモルヒネの持続皮下注射をしていたのを思い出し、もしかしてこれと同じことだったんだろうか??と思った。そしてその時母はそれをOKしたということなんだろうか。当時私はその意味がわかっていなくて、父親がモルヒネの皮下注射をする場にちょうどお見舞いで居合わせていたのだけれど、それが父親と言葉を交わす最後の機会になると理解していなかったんだよね。いつもと変わらない、普通の感じでじゃあまたね〜と病室を後にして、確かそれが最後になった。そういう意味で、あぁこれは親を亡くす「二度目のチャンス」じゃん、と思った。
なんか重い話をこんなWeb上に公開する日記で書くなよ〜という気もしたけれど、親を亡くすチャンスは人生に基本2回しかないと思うので、こうして起き得る一つのパターンを公開しておくことで、これを読んだ誰かが似たような形で親を亡くしそうな時に、ぶっつけ本番で戸惑ったり後で後悔するようなことにならないように、少しでも学びになるようなことがあればいいんじゃないかと思ったのでここで書いてしまう。そして未来の自分のために。
とは言ったものの、私が前回の父親を亡くした時の反省を生かせているかというと非常に怪しく、パターンも異なるので結局「二度め」として「うまくやる」ことは不可能だ。きっとまた判断を間違えて、後悔しそう。とりあえず母親は持ち直していったん今は元気そうにしているけれど、今後の治療の話をチラッとしたら感情的なつらいLINEが来てしまったのでどう返したら良いか困り果てていて、早速間違えてしまったなぁと頭を抱えている。人生に「二度めのチャンス」は二度とない。